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東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)148号 判決 1985年7月16日

原告 山本武三郎

被告 東京法務局供託官 ほか一名

代理人 林茂保 可部丈雄 ほか一名

主文

原告の被告東京法務局供託官に対する請求を棄却する。

原告の被告国に対する訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  東京法務局供託官鹿志村芳晴が昭和五八年四月二二日付で原告に対してした別紙供託金目録記載の供託金の払渡請求を却下する旨の決定を取り消す。

2  前項の取消しの趣旨に従い、被告東京法務局供託官が右供託金の払渡請求につき認可決定をしたときは、被告国は原告に対し、金三〇万円並びにこれに対する昭和五五年一〇月一日から同五七年三月三一日まで年一分二厘の割合による金員及び同五八年四月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  被告東京法務局供託官

(一) 原告の被告東京法務局供託官に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告国

(一) 原告の被告国に対する訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和五五年九月一六日原告を債権者、星川石吉を債務者とする横浜地方裁判所昭和五五年(ヨ)第一一六一号債権仮差押命令申請事件の保証として、別紙供託金目録記載のとおりの供託金(以下「本件供託金」という。)を供託した。

(二)  原告は、右仮差押事件の本案訴訟において勝訴し、昭和五七年一二月二三日担保取消決定を申請したところ、同五八年二月四日右取消決定がされ、同月一二日同決定が確定するとともに供託原因も消滅した。しかして、右申請の際、供託書の原告の住所地が別紙のとおりに記載され、誤記されていたことが判明したので、その頃東京法務局相談課に電話したところ、横浜市港南区には「洲崎町」が存在しない旨の証明を添付すれば供託金の払下げに応ずる旨の回答を得た。

(三)  そこで、原告は、昭和五八年三月二四日被告東京法務局供託官(以下「被告供託官」という。)に対し、<1>払渡請求書、<2>供託書、<3>原告の印鑑証明書、<4>供託原因消滅証明書、<5>町名不存在証明書(横浜市港南区に洲崎町なる町名がない旨の証明書)、<6>委任状(原告代理人宛のもの)を提出して払渡しを請求したところ、右書類のほかに前記仮差押決定正本及び原告と払渡請求代理人連名の東京法務局宛迷惑をかけないという上申書各一通の提出を求められた。

(四)  原告は、同年四月一三日被告供託官に対し、再度右<1>ないし<6>記載の書類を提出して本件供託金の払渡しを請求したところ、担当者から(イ)仮差押決定正本写し、(ロ)上申書(法務局宛迷惑をかけない旨の証明書)、(ハ)横浜市港南区洲崎町五丁目三四番地なる地名が存在しない旨の証明書の追加提出を要請された。そこで、払渡請求代理人は、右の書類はいずれも不必要である旨を説明したが、了解が得られず、同月一四日被告供託官から「供託者の住所を書き間違えた旨の代理人の上申書だけを追加提出されたい。そうすれば供託金を払い渡す。」との電話連絡を受けた。しかし、払渡請求代理人は、被告供託官及び担当官が数回にわたり不必要な書類を要求して払渡しを拒否し、今回も前言を撤回して新たな書類を要求するので、その理由をただしたところ、これに答えないばかりか、右上申書の必要性についても何も説明せず、ただ書き間違えられているから間違えた旨を書いてほしいと繰り返すのみであつたため、これを断った。

(五)  しかるところ、被告供託官は、同月二二日原告の住所が供託書記載の住所と相違するところ、払渡請求書に原告が供託者であることを証する書類の添付がないという理由で右供託金の払渡請求を却下する決定(以下「本件処分」という。)をした。

なお、原告は、同年五月二八日本件処分を不服として東京法務局長に対し審査請求をしたが、同年八月一五日請求を棄却された。

2  しかしながら、払渡請求書及びその添付書類の上から原告が供託者であることは明白であるから、本件処分は違法である。すなわち、

(一) 供託書に供託者の住所として記載された横浜市港南区洲崎町なる町名が実在しないことは、前記1(三)<5>記載の証明書により明らかである。よつて、供託者たる山本武三郎なる人物は別に住所を有することが明らかである。

(二) 供託書に住所氏名として記載されている「横浜市港南区洲崎町五丁目三四番地山本武三郎」と払渡請求人の正確な住所氏名である「横浜市金沢区洲崎町五番三四号山本武三郎」は、氏名が同一で住所の記載が若干違うのみである。その違う住所を比較すると、「横浜市  区洲崎町五-三四」は両者同一で区名と「○番○号」が「○丁目○番」となつている点のみが違い、相違点よりも同一部分が多く、その相違は単なる誤記である可能性が高い。

(三) 原告は、本件の供託者でしかも前記債権仮差押命令申請事件の債権者である山本武三郎なる人物のみしか所持し得ない本件供託書及び供託原因消滅証明書を所持しており、そのことからも原告が供託者であることが強く推定される。

(四) 本件供託金の供託に関しては、原告代理人が供託代理人として代理供託し、その際、代理人として供託書に押印した印を払渡請求代理人として払渡請求書に押印して払渡しを請求している。右事実は、供託者が誰であるかを一番正確に知悉している供託代理人が供託者と仏渡請求人が同一人であることを認めて立証していることを示すものである。

3  よつて、原告は、被告供託官に対し、本件処分の取消しを求めるとともに、右取消しの趣旨に従い、被告供託官が本件供託金の払渡請求につき認可決定をしたときは被告国に対し、金三〇万円並びにこれに対する昭和五五年一〇月一日から同五七年三月三一日まで年一・二パーセントの割合による利息及び払渡し遅滞後である同五八年四月一四日以降支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告国の本案前の主張

原告の被告国に対する請求は、本件供託金につき相被告供託官が認可決定をすることを条件に被告国に対し給付の判決を求めるというものであるが、訴訟における審判の申立ては確定的であることを要するから、かかる条件付申立ては不適法といわざるを得ない。

また、供託官が供託者の供託物取戻請求ないし被供託者の供託物還付請求に対してなす認可又は却下決定は行政処分であるから、これを争うには行政事件訴訟法所定の抗告訴訟によるべきである。したがつて、供託者は国を被告として供託物の取戻しに関する民事訴訟を適法に提起することができないことは明らかである。

よつて、原告の被告国に対する訴えは不適法であり、却下を免れない。

三  請求原因に対する被告供託官の認否

1  請求原因1(一)の事実は認める。同(二)の事実中、本件供託金の供託原因が消滅したこと及び同供託書上の供託者の住所が「横浜市港南区洲崎町五丁目三四番地」であること、東京法務局相談課(相談課とあるは供託一課法規係と思われる)に原告から電話があつた事実は認めるがその余は不知。同(三)の事実中、本件払渡請求がされた昭和五八年四月一三日より前に、原告から本件供託金についての払渡請求書が提出されたこと、及び同請求書に、供託書、原告の印鑑証明書、供託原因消滅証明書、町名不存在証明書、委任状(但し、原告代理人高芝利徳宛のもの)が添付されていたことは認めるが、その余は争う。なお、右払渡請求書提出の際、被告供託官の担当係員が、払渡請求者の代理人に対し、右各書面のみでは供託規則二五条二項に定める「取戻しをする権利を有することを証する書面」としては不足であり、供託者と払渡請求者とが同一人であることを証する書面としては、仮差押決定正本の写し、供託者の上申書、不在住証明書などがあることを例示して説明し、書面の追完について指導したことはあるが、これらの書面全部の提出までは求めていない。同(四)の事実中、原告が同年四月一三日再度原告主張の<1>ないし<6>記載の書類を東京法務局に提出し払渡しを請求したこと及び東京法務局の担当者である被告供託官が同月一四日払渡請求代理人に対し「供託者の住所を書き間違えた旨の代理人の上申書だけを追加されたい。そうすれば供託金を払渡す」と電話連絡したことは認めるが、その余は争う。同(五)の事実は認める。

2  請求原因2及び3は争う。

四  被告供託官の主張

1  供託金の払渡請求に対する供託官の審査権限は、以下に述べるような意味での形式的審査権にとどまるものである。

すなわち、供託官が払渡請求の審査をするに当たつては、当該供託書及び当該供託成立後の供託関係に変動が生じている場合にはこれに関連する書面のほか、払渡請求書及びその添付書面のみに基づいて審査すべきものである。審査の範囲は、払渡請求書が所定の様式に従つて作成されていること、添付書面が完備していること、払渡請求書の記載内容が供託書及び供託関係の変動に関する書面のそれと一致していることなどのような形式的要件のみにとどまらず、払渡請求権の存否、すなわち実体的要件の審査にも及ぶものであり、また、このような審査を行うべき職責をも有するものであるが、右審査に供し得る資料は、あくまでも、前記の書面に限られるのである。

そして、供託官の審査権限が右のような形式的審査権にとどまる以上、供託官のした処分に対する抗告訴訟において、裁判所が供託官のした処分の適否を判断するに当たつても、裁判所が審査し得る範囲は、供託官が有する右審査権の範囲内の事項に限られ、そして右処分が供託官の有する右審査権の範囲内において適法に成されたものか否かに限られるものというべきである。

2  原告は、原告も自認するとおり、払渡請求書に、<1>供託書、<2>原告の印鑑証明書、<3>供託原因消滅証明書、<4>町名不存在証明書、<5>委任状(但し、原告代理人高芝利徳宛のもの)を添付して本件払渡請求をなしたものであるが、払渡請求書記載の原告の住所及び右<2>の印鑑証明書の住所(横浜市金沢区洲崎町五番三四号)と供託書上の住所(横浜市港南区洲崎町五丁目三四番地)が相違していた。このように、払渡請求書及びその添付書面、供託書の記載上、払渡請求者の住所と供託者の住所が異なる場合、前記のような形式的審査権しか有しない供託官としては、右両者が同一人であることを判断し得ないから、払渡請求者としては右同一人であることを証する書面を添付する必要があり、また、右のような場合供託実務上、右書面の添付を当然要求しているものである。ところで、右不一致が後発的理由(例えば、住所変更等)によるときは、市区町村長発行の住民票謄本等の添付により比較的容易に同一人であることが証明されるが、右不一致が原始的理由(錯誤等)によるときは、必ずしも、右錯誤等を裏付ける的確な書面はないため、供託実務上は、不一致の理由を最も認識していると思われる供託者から不一致を生じた理由及び供託者と払渡請求者が同一人である旨を記載した上申書及び誤記住所に当該人はいないことの市区町村長の証明書(いわゆる不在住証明書)を添付書面として提出させるなどし、これら書面と他の提出書面、供託書正本、供託原因消滅証明書等を総合して同一人であることを判断(認定)しているものである。そもそも、供託官としては、右上申書等の提出がない限り、不一致が錯誤等によることをおよそ知り得ないのであるから、原始的不一致の場合、上申書等の提出を要求するのは、当然である。

3  しかるところ、原告は、結局、供託官の右要請に応じなかつたため、被告供託官は原告提出の右各書面によつては、供託者と払渡請求者(原告)が同一人であることが確認できず、原告が本件供託金につき取戻権を有するかどうか不明であつたため(供託規則二五条二号参照)本件払渡請求を却下したものである。

4  したがつて、被告供託官のした本件処分は正当であり、また、前記1のとおり、裁判所の審査の対象は供託官の有する形式的審査権の範囲にとどまるものであるから、本訴請求は失当である。

五  原告の反論

1(被告国の本案前の主張について)

被告供託官のした払渡請求却下決定が判決により取り消されても、被告供託官は行政事件訴訟法三三条二項に従い、改めて申請に対する処分(すなわち払渡請求認可処分)をなす義務を負担するにとどまり、被告国に対し、供託金につき給付を命ずる判決の効果を持たないので、国が供託金の元利金等を支払わない場合に、右判決に基づき強制執行を行うことは到底許されない。したがつて、払渡請求却下処分の取消しの法律効果を前提とする被告国に対する請求は適法である。

2(被告供託官の主張について)

本件においては、供託者を一番知悉する供託代理人が払渡請求代理人として、供託書に押印した印を払渡請求書に押印し、払渡しを請求しているのであるから、払渡請求権者が原告であることを完全に立証して余りあるものである。また、供託書には実在しない住所が記載されていて、これが誤記されたものであることは供託書及び証明書により明らかであるから、供託者の住所を書き間違えた旨の代理人の上申書は不必要である。

第三証拠 <略>

理由

第一被告供託官に対する請求について

一  請求原因1(五)の事実(本件処分の存在)については、当事者間に争いがない。

二  そこで、以下、本件処分に原告主張の違法があるか否かについて判断する。

1  請求原因1(一)の事実、同(二)の事実中、本件供託金の供託原因が消滅したこと、同供託書上の供託者の住所が「横浜市港南区洲崎町五丁目三四番地」となつていること、及び東京法務局相談課に原告から電話があつたこと、同(三)の事実中、本件払渡請求がされた昭和五八年四月一三日より前に、原告から本件供託金についての払渡請求書が提出されたこと並びに同請求書に供託書、原告の印鑑証明書、供託原因消滅証明書、町名不存在証明書及び委任状(但し、原告代理人高芝利徳宛のもの)が添付されていたこと並びに同(四)の事実中、原告が同年四月一三日再度原告主張の<1>ないし<6>記載の書類を東京法務局に提出し払渡しを請求したこと及び東京法務局の担当者である被告供託官が同月一四日払渡請求代理人に対し、「供託者の住所を書き間違えた旨の代理人の上申書だけを追加されたい。そうすれば供託金を払い渡す」と電話連絡したことは、当事者間に争いがなく、<証拠略>を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、肩書地に住所を有するものであるが、昭和五五年九月一六日東京法務局供託官に対し、原告を債権者、星川石吉を債務者とする横浜地方裁判所昭和五五年(ヨ)第一一六一号債権仮差押命令申請事件の保証として、代理人弁護士高芝利徳を介して本件供託金の供託を申請した。その際、右代理人は、供託書の供託者住所欄に肩書地と異なる「神奈川県横浜市港南区洲崎町五丁目三四番地」との表示をしたため、右申請は、右表示のまま受理されるに至つた。

(二) 原告は、右仮差押事件の本案訴訟において勝訴したところ、右代理人は、担保取消決定を申請した際、右供託書中の住所の誤記に気づいたため、右担保取消決定が確定し本件供託金の供託原因が消滅した後、東京法務局相談課に電話で相談したうえ、被告供託官に対し、<1>払渡請求書(請求書の住所は肩書地)、<2>前記供託書、<3>原告の印鑑証明書(住所は肩書地)、<4>供託原因消滅証明書、<5>横浜市港南区長作成にかかる同区には現在洲崎町なる町名は存在しない旨の証明書、<6>右代理人宛の委任状を提出して本件供託金の払渡しを請求しようとしたが、供託書上の供託者の住所表示と払渡請求書上の請求者の住所表示の不一致を指摘され、右書類を提出するに至らなかつた。

(三) 右代理人は、昭和五八年四月一三日被告供託官に対し、再度前記<1>ないし<6>記載の書類を提出して本件供託金の払渡しを申請したところ、担当者から右表示の不一致に関する書類の提出方を促されたが、これに応じず、同月一四日被告供託官から「供託者の住所を書き間違えた旨の代理人の上申書だけを追加されたい。そうすれば供託金を払い渡す。」との電話連絡を受けたが、これにも応じなかつた。そこで、被告供託官は、右同日払渡請求者の住所が供託書記載の住所と相違するところ、払渡請求書に原告が供託者であることを証する書類の添付がないという理由で本件処分を行つた。以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  ところで、供託法(以下「法」という。)及び供託規則(以下「規則」という。)によれば、供託物の取戻しをしようとする者は、供託原因が消滅したことを証明することを要するほか(法八条二項)、供託物払渡請求書には、供託番号、払渡しを請求する供託金の額、払渡請求の事由、請求者の氏名及び住所等所定の事項を記載しなければならず(規則二二条)、また、一定の添付書類の提出が義務づけられている(規則二五条)。そして、供託官は、供託金の払渡請求を理由があると認めるときは右請求を認可する決定をしたうえ保管金を払い戻し(規則二八条)、右請求を理由をがないと認めるときはこれを却下しなければならないとされている(規則三八条)。このように、法及び規則は、供託官に対し供託物払渡しの請求につき理由があるか否かの審査決定権限を付与しているが、右権限は、供託官が供託受理の際に行うものと同様に、払渡請求書及び添付書類に基づいてするいわゆる形式的審査の範囲にとどまるものと解すべきであり、したがつて、供託官は、払渡請求者がその権利を有するか否かについては、あくまで提出された書面を通して審査を行うべきであつて、右書面以外のものによつて右権利者か否かを決することはできないものといわなければならない。

3  これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、払渡請求書記載の請求者の住所及び右添付の印鑑証明書の住所は「横浜市金沢区洲崎町五番三四号」となつており、一方、右添付の供託書上の住所は「横浜市港南区洲崎町五丁目三四番地」となつていたのであるから、両者は明らかに相違し、右添付書類によつては、請求者が取戻しの権利を有する供託者であるかどうか明らかでないのであるから、更に請求者と供託者とが同一人であることを証するに足る書面、すなわち、供託者の住所の変更又は供託書上の供託者の記載に誤記などによる原始的錯誤のあつたことを証する書面等の添付がなければ、被告供託官としては、右の者らが同一人であると認めて払渡請求に応ずることはできないものというべきである。しかるに、本件においては、前認定のとおり右書面の添付がなかつたのであるから、被告供託官としては、右請求書及びその添付書面上の払渡請求者と供託者とが同一人であることを判断し得ないものというべきであり、したがつて、本件申請は規則二五条二号の「取戻しをする権利を有することを証する書面」の添付がないものといわざるを得ない。

三1  原告は、払渡請求書及びその添付書類の上から請求者が供託者であることが認定できる根拠として、供託書に記載された住所が実在しないことは前認定の<5>記載の証明書により認められるから、供託者が別に住所を有することが明らかである旨を主張する。しかし、右証明書は、港南区には証明時現在において洲崎町なる町名が存在しないという点に関するものであつて供託当時におけることは全く触れていないばかりでなく、仮に供託者が当時別に住所を有していたことが明らかになつたとしても、その者の住所が払渡請求書記載の住所であつたことを示す書類は存しないのであるから、依然として供託者と払渡請求者との同一性には疑問をいれる余地があるものといわざるを得ない。よつて、原告の右主張は理由がない。

2  次に、原告は、供託書上の住所と払渡請求書上の住所の相違点はわずかである一方、一致点が多いから、その相違は単なる誤記である可能性が高いと主張する。

しかし、前記認定事実によれば、供託書上の住所と払渡請求書上の住所とは、表示された区名が異なるのみならず、前者の「洲崎町五丁目三四番」なる表示は町名、地番号をもつてする住所の表示であり、後者の「洲崎町五番三四号」は、町名、街区符合及び住居番号をもつてする住所の表示であつて、両者の表示する住所は制度的にも異なるのであるから、被告供託官としては、申請書及び前記添付書類のみからは、供託書上の住所を単なる誤記であると即断することは必ずしもできないものというべきである。よつて、原告の右主張も理由がない。

3  また、原告は、払渡請求者が供託書及び供託原因消滅証明書を所持しているから供託者であると強く推定されると主張する。

しかし、規則二五条二項は、供託書正本のほかに権利者であることを証する書面の添付を要求し、供託書正本の所持人であるからといつて権利者であると推定することをしていないのであるから、供託書上の住所と請求書上の住所との各表示が異なる本件の場合、被告供託官としては、請求者が供託書及び供託原因消滅証明書を所持していることから直ちに、その者を供託者と同一人であると判断することはできないものといわざるを得ない。よつて、原告の右主張は理由がない。

4  更に、原告は、供託と払渡請求とを同一の代理人がしており、右代理人が供託者と払渡請求者とを同一人と認めているから、払渡請求者が供託者であることは明白であると主張する。

しかしながら、供託代理人と払渡請求代理人とが同一人であるという事実自体によつて、住所表示の異なる各委任者本人が同一人であることを証するものとは必ずしもいえないことは当然であるうえ、たとえ右代理人が各委任者本人を同一人であると口頭で申告しているとしても、供託官の審査権限は前記のとおり形式的なものであるから、被告供託官としては、供託者と払渡請求者とが同一人であることを関係書類上確認しなければならないのであつて、これができない場合に、右不足部分を代理人の口頭供述で補なうことは許されないものというべきである。よつて、原告の右主張は理由がない。

5  以上によれば、原告主張の諸事情をすべて勘案しても、原告の提出した請求書及び添付書類によつては、供託者と払渡請求者との同一性が認定できなかつたものというべきであるから、払渡請求書に原告が供託者であることを証する書類の添付がないとした被告供託官の判断は正当として肯認できる。したがつて、被告供託官のした本件処分に原告主張の違法はないというべきである。

第二被告国に対する訴えについて

原告の被告国に対する訴えは、本件供託金につき被告供託官が認可決定をすることを条件に、被告国に対し、本件供託金の給付判決を求めるというものであるが、この点について、原告は、供託官に対する払渡請求却下処分取消請求につき、これを認める判決があつても国がこれに従わない場合には強制執行のために右のような訴えを必要とする旨を主張する。しかしながら、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三三条は行政庁に対する判決の拘束力について規定しており、右処分を取り消す判決が確定すれば行政庁は国家機関として、当然右規定に従つて原告に供託金を返還することとなるから、原告の右訴えは、その利益を欠き不適法として却下を免れない。

第三結論

よつて、原告の被告供託官に対する請求は理由がないのでこれを棄却することとし、被告国に対する訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 中込秀樹 小磯武男)

供託金目録 <略>

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